📄 ご相談の背景
大阪府にお住まいの佐藤由美子さん(仮名)は、幼い頃にご両親が離婚し、お母様に引き取られました。その後、母方の祖父母と養子縁組をしています。両親が離婚したことは知っていましたが、特に尋ねることもなく過ごしてきたため、実の父親がどのような人なのかは全く知りませんでした。物心ついてから父親と会ったことも、手紙をやり取りしたこともありません。
ある日、佐藤さんの自宅に、見知らぬ法律事務所から一通の「ご連絡」が届きます。差出人は、父方の親族の代理人を名乗る弁護士でした。そこには、実父が約3か月前に遠方で亡くなったこと、佐藤さんが相続人であること、さらに、実父が住んでいた公営住宅の退去や自動車の処分、預貯金や借金の引継ぎなどについて協議したい、と記されていました。
「顔も知らない父親のことで、なぜ私が後始末をしなければならないのか。できることなら一切関わりたくない」。戸惑いと不安を抱えた佐藤さんは、通知を手に当事務所へご相談にいらっしゃいました。
💬 ご質問と弁護士の回答
質問1:「一度も会ったことがなく、祖父母の養子にもなっています。それでも私は父の相続人なのですか?」
回答:
はい、相続人にあたります。
亡くなった方に子どもがいる場合、子どもは配偶者と並んで最優先の相続人になります。両親が離婚しても、親子の関係は法律上そのまま残ります。
また、祖父母との養子縁組が普通養子縁組(実の親との親子関係を残したまま、養親とも親子になる一般的な養子縁組)であれば、実の父親との親子関係も続いています。実親との関係が終わるのは、家庭裁判所の審判で成立する特別養子縁組の場合に限られます。つまり佐藤さんは、実の父親と祖父母の両方の相続人という立場にあります。
質問2:「通知には、住宅の退去、車の処分の話が書かれていました。応じなければならないのでしょうか?」
回答:
相続人であっても相続をしない道があります。
家庭裁判所で相続放棄(亡くなった方の預貯金などの財産も、借金などの負債も一切引き継がないための手続)が認められれば、佐藤さんは初めから相続人ではなかったものとして扱われます。
ここで特に注意していただきたいのが、「良かれと思って後始末に手を出すこと」です。住宅の明渡しに応じて家財を処分したり、自動車を売却・廃車したり、亡くなった方の預金を引き出して支払いに充てたりすると、単純承認(相続することを認めたものとみなされること)にあたるおそれがあります。そうなると、後から相続放棄ができなくなる場合があります。
ですから、通知を受け取っても、相続放棄の手続が終わるまでは財産には一切手を付けず、相手方には「相続放棄を検討している」とだけ伝えておくのが安全です。なお、現在の民法では、相続放棄をした人が遺産の管理を続けなければならないのは、放棄の時点でその財産を現に占有している場合に限られます。佐藤さんのように亡くなった方の住まいや車に一度も関わっていない方は、退去や処分の手続を担う必要はありません。
質問3:「父が亡くなってから、もう3か月が過ぎています。今からでも相続放棄は間に合いますか?」
回答:
間に合う可能性は十分にあります。
相続放棄には3か月の期限がありますが、数え始めるのは「亡くなった日」ではありません。民法は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月と定めています。この3か月を熟慮期間(相続するか放棄するかを考えるための期間)といいます。佐藤さんの場合は、通知を受け取って初めて父親の死亡と自分が相続人であることを知ったので、原則としてその日から3か月を数えることになります。
ただし、死亡日から3か月を過ぎて申し立てる場合、家庭裁判所は「本当にその日まで知らなかったのか」を確認します。そのため、申述書だけでなく、上申書(事情を裁判所に説明する書面)で、離婚の経緯、交流が全くなかったこと、通知を受け取った日付を具体的に説明することが大切です。届いた通知書は、知った日を示す重要な証拠になりますので、封筒も含めて必ず保管してください。申立て後に裁判所から届く照会書(事情を尋ねる質問書)への回答も、説明が食い違わないよう慎重に行う必要があります。
もう一つ知っておいていただきたいのは、佐藤さんが相続放棄をすると、相続の権利が次の順位の親族(亡くなった方の親、親が亡くなっていれば兄弟姉妹)に移るという点です。通知を送ってきた親族の側にも影響がありますので、受理後は相続放棄申述受理通知書(相続放棄が認められたことを裁判所が知らせる書面)の写しを相手方に送り、相続人ではなくなったことをはっきり伝えるのが、その後のトラブルを防ぐ一番の方法です。
📌 この事例のポイント整理
- 両親の離婚や普通養子縁組があっても、実の親との親子関係は続くため、会ったことのない親の相続人になる
- 相続放棄が認められれば、借金などの負債を引き継がず、親族との協議に応じる必要もなくなる
- 住宅の明渡しや車の処分、預金の引き出しなど「後始末」に手を出すと、相続放棄ができなくなるおそれがある
- 3か月の期限は「死亡を知った時」から数えるのが原則。通知書を保管し、上申書で経緯を具体的に説明する
📣 弁護士からのアドバイス:突然の通知には「何もしない」で、まず相談を
ご両親の離婚から何十年も経ち、存在すら意識していなかった親の死亡を、親族や債権者からの通知で初めて知る――。相続放棄のご相談では、決して珍しくないケースです。通知の差出人が弁護士だと、「すぐに対応しなければ」と焦ってしまう方も多いのですが、慌てて退去や車の処分に協力したり、求められるままに費用を支払ったりすると、かえってご自身を不利な立場に置いてしまうことがあります。
突然の通知が届いたら、まずは財産に手を付けず、通知書を手元に保管したまま専門家にご相談ください。期限の数え方や上申書の書き方次第で、相続放棄が認められるかどうかが変わる場面もあります。早めにご相談いただければ、その分だけ確実に、そして落ち着いて手続を進めることができます。
同じように、疎遠だった実父の相続について、死亡から3か月後に届いた通知をきっかけに相続放棄が認められた解決事例は、こちらでご紹介しています。
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